みんなの哲学集 ~ 無

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無(む)とは、否定を一般化した表現。対義語は有。「定義されていない(未定義)」こととは意味合いが異なる場合がある。指す対象を取って形容詞または接頭辞として使われることが多く、その場合は単に対象(の存在)の否定であるが、固有名詞としての「無」は指す対象が文字通り無いため、高度に抽象的な概念と言える。哲学(存在論/存在)において「無」という場合は、有に対する無であって、相対的な概念である。絶対無とは、思考上の産物であって、単なる概念であり、一見すると現実には存在しないように見える。また、そもそも西洋哲学史では有の方向に重点が置かれ、しばしば有が無を包括する絶対有の性格を帯びる(後述するように、これが神の本質である)。無が有より軽んぜられたことは、「無」がBeingに対して常にNon-beingとしかいわれない、という言語的な事実にその証拠を見出すことができる。一方、東洋では無をむしろ強調し、非-有(Non-being)を超えた意味合いを含ませた。しかし、絶対無であれ絶対有であれ、両者は非常に近い事柄を指していると考えられる。純粋な絶対有は、そのあまりの純粋さのために、無内容性を持つ。マルティン・ハイデッガーの晩年の著作はその点を特に裏付けていた。現代でもレヴィナスの思想などに見えるもので、「なにものもない不在の闇に確かにある」などとして語られる。ここから分かるように、決して両者は対立しあう概念ではなく、単にまやかしの概念ともいえない。このことは古今東西数知れない学者が確認している事実である